沖縄の女

それは沖縄の夜にしては静かな夜だった。生暖かい風がやしの木をなでる。南の国の夜は明るい。それもまあ、日によるか。

その女も、もちろん影のある女だったし、この仕事をしている女はみんなそうだ。ラストの客のホテルからとぼとぼと歩いてきて助手席に乗り込んだ。普段はみんな後部座席をつかうが、助手席に座ってはいけないわけじゃない。おれは気に留めないふりをした。よっぽど変態の客にあたったのか、女はひどく落ち込んでいるように見えた。おれは車をだしたが、女はなにか話したそうにしているのを感じた。おれはなんとなしに女に話しかけた。変なところに気がまわるのが、おれが女に気に入られる、あるいは嫌われる、癖だった。その時のおれの読みはあたっていて、たわいもない話から女はすらすらと話はじめた。

あんたは内地出身よね?あたしも内地にいったことがあるけど、沖縄とは別ね。別の空気なの。沖縄には沖縄の神様がいるの。いいも悪いもね。内地とは別なの。あたしは沖縄で生まれて育ったから、沖縄の神様がついてるの。このあいだ夢を見たわ。神様がわたしにユタになりなさいっていう夢よ。ユタになる女はみんなこの夢をみるの。もし神様の言うとおりにしなかったら、災難が起こるわ。わたしのおばさんは足が動かなくなった。ユタになったら治ったらしいけどね。そういうこと信じる?でも私たちはそういう世界で生きてるの。たとえあんたが馬鹿にしてもね。でもあたしには内地の人たちの信じてるもののほうが馬鹿みたいに思うわ。私は沖縄が好き。いいも悪いもね。あたしは沖縄の神様に呪われているの。私の親戚は3人、海で死んだわ。神様の予言ではあと一人死ぬ予定。聞きたい?私の呪いのはなし?

私のおじいちゃんは職業軍人だったらしいの。つまり戦争中だけ兵隊さんじゃなくてってこと。それがなにか関係あることかわたしにはわからないわ。でも言えるのは、たとえばおじいちゃんが昔ながらの生活をしている漁師さんとか農家だったら、こういうことはおこらなかったと思う。沖縄の神様は軍人がきらいだったかもしれない。とにかくおじいちゃんは沖縄の神様を怒らせたの。おじいちゃんは戦争中、小さな離島に流れ着いたらしいの。島に人は住んでいなくて、おじいちゃんは一人で島で何日か過ごしたらしい。食べ物は貝をとったり、魚をとったりでこまらなかったらしいわ。そんな日がつづいたあと、その島に小さな船が流れ着いたらしいの。船には日本人の家族が乗っていた。軍服を着た男とその妻と小さな女の子。軍服をきた男は、おじいちゃんより軍で偉い人だったので、おじいちゃんにいろいろ命令したの。おじいちゃんは、だまって従ってたのだけど、あるとき見てしまったの。船の奥に男がたくさんの金を隠し持っていたのを。おじいちゃんは隙をみて男の頭を岩でわって、男を殺した。それから男の死体を海沿いの岩場の洞窟の中に隠した。男の妻と子供は、そのときはころさなかったらしいけど、やがて病気でしんでしまったから、また死体を洞窟の中に運んだ。それからおじいちゃんは夢をみたの。夢の中に神様がでてきて、おじいちゃんに言った。おまえが死体を捨てたところは私の祠だ。おまえは私の祠を死体で汚した。これからおまえの親族を4人殺す。その夢のあと、戦争がおわっておじいちゃんは家族のもとにもどった。でも神様の予言どおり私の親戚は次々に海の事故で死んでしまった。次はわたしの番だってみんな言うわ。私のお母さんは絶対に私を海に連れて行かなかった。昔からわたしだけが変わった子供だったの。どこの家族でも一人はいる、なじめない一人だった。子供はすき?私は子供をうめないの。最後に妊娠したとき、医者がいったわ。もしまた中絶するなら、次はもう妊娠できませんよ。彼氏は産めないといった。わたしは従った。私のほうが罪が重たいのかもしれない。そのあと彼氏と別れて、体調をくずして、強い薬を飲むようになったらホルモンバランスがくずれて母乳がでるようになったの。わたしは嬉しくって、みんなに自慢した。ほら、母乳がでるんだよ、妊娠してるみたいでしょ。友達は困った顔をしていた。そのとき気づいたわ。自分は子供がほしいんだって。でももう二度と子供は産めないの。こういう静かな夜は、悲しい思い出に押しつぶされそうになる。自分でしたことや、家族がしたことや、誰かがしたことのせいで、すべてがだめになってしまったような気分なの。わかる?こういう気持ち。そういうときは神様に祈るの。早く私の命を海に連れて行ってください。罪を償わせてくださいって。海のそこに吸い込まれる自分を想像すると気持ちが軽くなるわ。神様に許されるっていううのは気持ちのいいことなんだなって思う。そう思ったら死ぬことは怖くないの。

女の住むマンションに着き、女はしっかりとした足取りで帰って行った。女の後ろ姿は凛としていて、なぜだか、心を打たれた。沖縄の女は強い。強く美しい。おれは家に帰りたくなくて、コンビ二の駐車場で、燃えるような太陽がでる明るい朝まで、じっとしていた。